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勇気なき罪

尖閣諸島問題で国内外が揺れている。
一庶民としては、国を憂うとともに戦争への恐怖に思いを馳せてしまう。
いずれにせよ、今回の政府の思考・行動は稚拙で愚かなことであったことは間違いではないでしょう。
商売をする上でのクレーマー対策にも似ていますよね。 顧客に対して、誠実に対応する真実と、組織とそのための正当な利益を守るために相手を見極める義務をともに兼ね備えなければ、まさしく「食い物」にされてしまうことは、経営を知る人であれば誰もが心がけている当然の事実です。
日本人は「和」を尊ぶ心を持っているが故に、いわゆる「事なかれ主義」がまかり通ることが往々にしてあります。「ごねる人には逆らわない方が賢いんだよ」とばかりに。 学校では「いじめ」がはびこり、職場では「フリーライダー(ただ乗り)」がはびこり、街には「無法者」がはびこっていることは、実はそこに根があるのだと思うのです。
もちろん組織をまとめる立場にある人間が、その行為を正しく裁定し、排除しなければ組織の倫理は崩壊し、「荒れた学校」「荒れた職場」になってしまいます。しかし、組織の中にいる個々人も毅然とした態度を取ることをしなければ、結局損をするのは自分なのです。そんな組織は嫌だと転校・転職を重ねてもいつもなぁなぁで済ますその人に悪党は居心地がいいとすり寄ってくるものなのです。
卑怯な人間は、自分が組み易しと思うとどんどん厚かましくなって、いくらでもヒルのようにあなたの養分を吸い取ろうとします。そして助かりたければ毅然と立ち向かう勇気を持つしかないのです。自分の甘さに気付かなければいけないのです。そうしないのはやはり「罪」だと私は考えます。
なぜなら、そういう人間に「いける」、「俺たちはまだ他人の血を吸って生きていける」と思わせているからです。
あなたの周囲に ・職場で他人に迷惑をかけて平然としている人はいませんか? ・他人が困っていても関係ないと知らんぷりを決め込む人はいませんか? ・すいませんと謝るそぶりは見せても実際は反省せず同じことを繰り返す人はいませんか?
あなたが経営者や部下を持つ身であるなら、絶対にそのような人間を見過ごしてはいけません。まぁいいかと穏便に済まさずに、衆目の中でしっかりそのような行為を否定するのです。すくなくとも「組織として認められない行為と私は考えている」ことをその場その場で明言する必要があります。誰にでもいい顔を…

chromeのバグ??

あまり技術ネタは書かないのですが、これにハマって半日無駄に過ごしたので誰かの助けになれば幸いです。

chromeにおいて、同一ページ上に同一actionのフォームを複数設置すると、2つめ以降のformのsubmitが行われない(submitイベントそのものが発生しない)ようですね。

例えばajaxなformだとsubmitイベントにajax.updaterを記述する訳で、これになかなか気づかずいろんなところをなめるように見返してみたり、可能性のある箇所をあれこれ違う方法で書き直してみたりしましたが全くダメ。

ふと、もしやと思い立って、「chrome form submit」でgoogle先生に聞いてみたら出てくる、出てくる。。。。

あぁ、疲れた。。。。

虎キチ

ベタベタの関西人の私は、やはり阪神ファンです。

ペナントレースも大詰めになろうとするこの前の週末は、連敗中の巨人と連勝3試合連続2ケタ得点の我がタイガースの首位決戦でした。
結果は。。。。。

ええとこなしの3連敗
なんじゃあ、そら〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
はぁ、休み明けも気分はさえず元気が出ません。 大事なとこでいつも負けるんですよね。
さて、その中で気になるのが今負けていることもさることながら、時代の担う若手が全く覇気がないことです。もちろん今勝つこともうれしいのですが、勝つにせよ負けるにせよ、
「未来」がある
これはとっても大事です。
仕事でも同じ事がいえるのではないでしょうか?
うちのメンバー、私も含めミスをすることが少なからずあります。内容はまちまちで程度のさもありますが、基本的に私はミス自体をしかるようなことはしないようにしています。今、ミスをしてしまったことを叱られて済ませてしまうのはあまりにももったいない!!そう思いませんか?
それでは、未来は光らないのです。なぜ、ミスをしたのか、本当の原因は何なのか、外部要因をすべて取っ払ったとして自己の内側に何があって何がなかったのか?そのことを見つめることができるのなら、組織にとってミスはその瞬間に金のなる木に変身するのです。そして、忌み嫌うべきは、環境や他人のせいにして自己を省みないこと、正当化するなどはもっての他ですが、そうでなくても叱られて許されることでなかったことにしてしまう甘さは組織として許すべきではないのです。
「間違い」=「罪」とするのは危険かもしれませんが、もしそうだと例えると、「罪」は何かの罰で許されるものではなく、いつまでもどこまでも背負っていかなければいけないものだと思うのです。
灰谷健次郎の小説の一節にそんな事が書いてあったのを覚えています。そんなことがある度にあのページの内容が頭に浮かんできます。




専門家とは?

先日、ある人から興味のある話というか言葉をお聞きしました。

「専門家とは、その分野でのあらゆる失敗を経験したもののことである」

なるほど!!と思わず感心してしまいました。

何かその分野に関係のある仕事をしていたり、ましてや大学で専門として専攻していたというのでは、決して使い物になるわけではないというのはそういうことなのかと。

よく大学や大学院の情報関係の学部や研究をして社会人になった子たちが自信満々で専門用語を吹聴したり、やたらと観念論を気取っていざ仕事をすると、まぁだいたいがうまくいかず、お客さんからも「なんじゃあいつは!?」とおしかりを受けることがよくありました。そして、当の本人は「あのクライアントは、システムがどういうものかよくわかってないんじゃないんですか?」とばかりに小馬鹿にするような言いぐさでふてくされてみたり。。。。

まぁほんとによく見かける光景です。ましてやその大学が元帝大クラスとなると目もあてられない惨状が。。。というと大げさかもしれませんが悲しいけど現実の話です。

そういうことも見かけるたびに、きっと私よりも頭脳も優秀で、学問知識が豊富な彼らがなぜそうなってしまうのかよくわからない思いでした。

くだんの言葉は、失敗の積み重ねこそが成功の確実な礎になるということ、そして、そのような礎を築くためには失敗を失敗と認め、なぜ失敗したのか?どうしたらうまくいく可能性がもっと高まったのかを徹底的に考え抜く習慣を身につけなければいけないと言うことを言下に語っているのではないでしょうか?

それは、仕事を「早く済ませてしまいたい」という姿勢で取り組んでいる人の頭には決してひらめかない発想です。
なぜなら、(自分の中で)すんでしまったことは考えたくないし、もしかしたらよくない品質のものをあいてに手渡してしまったとき、目を背けることで自分を安心させようとするからです。減点を避けることに重点が置かれているのです。

仕事を通して、何かで人をあっと言わせたい、「やるやん」と褒めてもらいたいと思えば自ずから、必ずとは言わないまでもその延長線上には、「専門家」という言葉で呼ばれる可能性が待っているのだと思うのです。

悲しいけれど、「怒られたくない」という思いだけで仕事をする人がいます。恥をかかないために努力をせず、騙しのレトリック探しに奔走する人がいます。目立たないようにして他人が困っていても素知…

TAXMAN

先週の木・金の2日間、会社設立以来初めての税務調査がありました。

会計士の先生曰く、別にやましいところあるからとかじゃなくて定期的なものなので不必要に臆病になる必要もありません、と言われていたのでそれなりに肩の力抜いて対応したのですが、、、、

やはり、あまり気持ちのいいもんではありませんね。

で、ふと調査官の立場に立ってみると、まぁ決して訪問して喜ばれる仕事ではないだけにしんどいというか精神的に大変やろうなぁと思ったりして。。。
一般的に公務員というのは権力を行使し、住民へのサービスを提供する仕事なのでしょうが、多かれすくなから感謝の言葉を直接かけられる機会はあると思うんですよね。でも、税務調査は手を抜けば「お目こぼしだ!」と言われるし、厳しく指摘したらしたで「鬼代官」などとののしられることしかりでと、まぁ直接ありがとうを言われることはないんじゃないかなぁとふと考えたりもしました。

とかく、公務員というのは非難してもかまわないという風潮も好きではありません。
なんていうか、向こうが言い返せないのをいいことに悪態をついているような、そんな気もします。

公務員だから責め立てていいのではなくて、悪質な人間を非難しないといけないのでしょう。日本人の悪いところなのかもしれませんが、一括りで決めつける、自分でも他のことでも思い当たることだけに自重しなくてはと思ったのでした。

ニュースを知り感じること

ここ数日、中国において邦人の死刑事件について報道が飛び交っている。

様々な論調が各社の記事において展開されているが、淡々と事実を報じているものもあれば、中国の行為に対して好意的または否定的なものもあるようです。

国際問題としてはどう考えればいいのか正解はわかりませんが、私が思うのはやはり麻薬を使って儲けようとする行為は、たとえ死刑にされても仕方ないくらいの罪ではないかと言うことです。

偽善弁護士の代表のような福島瑞穂社会党党首は「人を殺したのではないのだから死刑は重すぎる」といっていた。
そしてそのような人は、麻薬中毒者が殺人事件を犯しても、「心神喪失」の一言で無罪を主張してしまう。

いったい、理不尽に命を奪われることを無念さと、自己の欲望で麻薬によって富を得、使う危険を顧みず自己の欲望を満たす行為のどちらが大切にしなければならないと考えているのだろうか?

「犯罪者の人権」それだけを重んじ、世の悲劇をなくそうとしない愚かさは私には許せません。

いっそ、日本でも麻薬を金を儲けるために取り扱えば同じように死刑でもかまわないと思います。
「そんな悪いことじゃない」
本当にそうでしょうか?

飲酒運転も同じです。
これだけ、飲酒運転による悲劇が報道されていて、意図してそのような行為をするのであればやはり殺人罪なのではないでしょうか?
殺していなくても殺人未遂。
それでいいじゃないですか?

罪を犯すものの人権よりも、普通の人の安全を大事にしましょうよ。

もっというと「死刑では本当の解決にならない」という人がいます。
まず、社会の犯罪をなくしてからそれを語ってほしいのです。

誰もが殺した後に「心神喪失」を持ち出し、あまつさえ社会正義を守る弁護士が、知名度や報酬ほしさに犯罪者にその入れ知恵をするようなことがなくなってから、死刑以外の手段によって悲劇を撲滅して見せてから死刑をなくしてもおかしくはないと思うのです。

悲劇をみんなでもっと真剣に忌み嫌うべきだと思います。

新規採用開始しました

マイコミ転職で今日から新規採用の広告を出稿しました。
今回はプログラマ・エンジニアの募集です。 募集広告に書ききれなかったことを少しかけたらと思ってこの記事を書いています。
プログラマといっても、多種多様な人材像があります。 基幹系や制御系といった技術系統、流通分野や金融分野といった対象業種系統もあれば、身につけるスキル系統にも様々な違いがあります。
現在セブンエージェントでは、主に流通業、サービス業そして公共分野におけるWebチャネル活用を中心テーマとしてお客様へのサポートとシステムサービス提供を行っています。
一般的には、マーケティングやCRMといった切り口で語られる事の多い分野です。
ただし、我々はこの業界でありがちな流行り物を追いかけたりするようなことはしません。 例えばWEB2.0といった言葉に踊らされたり、流行りもの(ブログ、SNS、最近ではツイッターかな?)に飛びついたりと言うことはほとんどありません。本当に必要なお客様へのお手伝いをすることはありますが、本質を理解せず狂想曲のように変な強迫観念にとらわれているお客さんの治療こそ我々の使命だと思っているところもあります。
我々が追い求めるのは、お客さんが儲けてハッピーになること、それに尽きます。
成功するビジネスの貢献者となり、感謝されること、ただひたすらそれを至上の喜びとするのです。
そのためのITプロフェッショナルとして、クオリティの高いサービスを提供するには、鍛え抜かれた技術を身につけていなければいけません。プロなのですから他人より使いやすく、機知に富み、かつ実用的なものをどこよりもスピーディーに提供しなければならないのです。
これは、とても一人の努力でなしえるモノではありません。同じ事を目指す仲間が集い、適切な助言を受け、高い理念の下で仕事がし続けられる環境が必要なのです。
それが、セブンエージェントという会社です。
例えばこの業界の多くが、常駐派遣という形態で社員を客先に常駐させ、その人月費用で利潤を得ています。 実体は、仕事の中身は本人任せの人身売買、それが器用に儲けるコツと信じて疑わない会社が多数存在します。営業と名の付くヒトがたまに巡回して機嫌を取りに来てくれ(社長自らの場合もあります)、たまに各地に散らばっている社員の帰社日があれば、申し訳なさ程度のありきたりの報告会と研修会。これで本当に社員が成長するのでしょう…

人を以て財と為す

我々を含め、アーリーステージにある企業においては、人材に対する期待値も極めて高くまた影響力もとても大きいものです。
ただし、会社の規模の拡大とともに業務も複雑化し、業績が安定してくると、企業が人に依存するのではなく、人が企業に依存してしまうようになります。 つまりは、一人一人が会社を成長させようと思うのではなく、他人や会社が自分自身を安定させてくれるだろう、成長させてくれるだろうと思って集まってくるものです。
やはり、そういう人は自分のポジションを越えて活躍することは少なくて、それよりも自分のポジションを犯されることを不快に感じたり、ややもすると自分さえよければという思考になってしまいがちです。それはもしかしたらそれほどの会社になれたと喜べることなのかもしれません。
過去、私自身が2度も安定したステージにある会社を飛び出したのも、そういう人が集まってくる必然ができあがってしまっている場所に満足できなかったのだと思います。 だからセブンエージェントでは、人員拡大戦略は採ろうとは思っていません。とりえるのは一人の生産性と付加価値をどれだけ高めることが出来るかへの挑戦です。 もちろん理想の価値創造サイクルを生み出すには機能的に不足しているところは依然として存在します。それを何人かの増員によって補うか、一人一人の守備範囲を広げることによって補うかはとても難しい選択のように思います。
ただ、一ついえるのは共に絶え間ない挑戦を試みてくれるメンバーたちには、やはり揺るぎない誇りと経済的成功を与えることの出来る器にしたいということ、そしてこの段階から足りないところもあるけれども理解を示しおつきあいいただいているクライアントの方々には最大限の満足と期待以上の成果をお返しし続けていきたいということ、それを目指し続けることがやはりセブンエージェントの社会における存在意義だと考えています。

他人と過去は変えられない、自分と未来は変えられる

表題の言葉は、確かもとダイエーホークス社長の高塚さんのお言葉だったと思いますが、私の好きな言葉の一つです。
駆け出しだった頃、よく上司にいろんな文句を正論ぶってぶつけていたものですが、その度に私の師たる上司は、軽くあしらうばかりで取り合ってくれず、反対に『そんな暇があったら』とかえって怒られてばかりでした。
年齢とともに経験を重ね、少しずつですが責任の範囲を広げて仕事をしていく中でなんとなく、その上司が私に伝えたかったことがわかってきたように思います。
周囲の不満や他人の文句を言う思考回路の中に自分を省みる設計はなされていないのです。そして、現実の社会では完璧な環境があるはずなどなく、与えられた環境の中で結果を出すものだけが評価を得ることが出来、またそういう困難の中で試行錯誤することこそ、お金に決して換えることの出来ない自分自身の宝物になるのだと。
鍛えられない筋肉が衰えていくように、満ち足りた環境など将来のあるものには害毒でしかないのかもしれませんね。

しかし、そのほかに変えられるものがあると思うのです。 それは「人との出会い」です。
いい人に出会う確率とかそういうことではありません。その人とであったことにどんな意味を持たせるかは、自分の内面と行動次第なのではないでしょうか?
そして、私と出会ったその人が、その出会いに何を感じてくれるのか、その出会いを自らの幸福の糧にしてくれるかどうかは、やはり変えることの出来る、変えていくべき事なのだと思うのです。
まぁ何があったかは知る人ぞ知るですが、そんなことを一日のおしまいに考えさせられるのでした。
がんばろっと!!

お久しぶりです

まず最初にかなりの期間、投稿をサボってしまったことをお詫びします。。。
年末から1月にかけていろんな案件が重なり、、、といいわけをするのも何なのでこれからはちゃんと書きますと今後の決意だけしておきます。
で、最近のセブンエージェントとはというと、昨年の年末に引っ越しをして新年から新しいオフィスでの業務を始めました。
新オフィスに移るに当たってはじめて事務所の内装をきちんと施すことにしたのです。 これまでは、机とパソコンがありゃいいやんとばかりに応接スペースも申し訳なさ程度のものしかなく、備品なども置くスペースがなくあちこちに山積みにされてたりしたんですが、これがどうにもよくないんですね。 そこで、いろんな方のお知恵をお借りして、どんなオフィススペースを用意すればいいのか?お客様がいらっしゃったときに、我々が提供したい価値観を感じ取ってもらえるにはどんなたたずまいの中で働けばいいのか?をあれやこれやと言いながらデザインしていきました。
まず優先したのが見通しの良さ。
いらっしゃったお客様に我々の姿をありのままに見ていただく。 働くもの同士がフラットな視点で互いに互いを見渡すことが出来る。
豪華ではないですがいい環境が出来たと思っています。
セブンエージェントも2006年の創業以来はや5期目を迎えました。 当初目指していたものの完成系ではないにしろなにかしらの手応えを全員が手にしなければいけません。そして次なるステージにすすむ準備を終えなければいけません。
気がつけばもう2月も半ば、第一四半期の半分が過ぎてしまいました。 頑張らなければ!!