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歌は世につれ、世は歌につれ

歌ってやっぱり、世代、性別、国籍を超えていろんな力を与えてくれますよね。 朝一番に聞くと「さあやるぞ!」と元気になれる歌 落ち込んだり疲れてるときにいやされる歌 楽しい気分を何倍にもブーストしてくれるノリのいい歌 心のはじっこをちょこっと突ついてくれる思い出の歌 今はそばにいないけど忘れたくない人の思い出を鮮明に映し出してくれる歌 「なんとかなるさ」と些細なことがどうでもよくなるようなばかばかしい歌 なにがいいのか自分でもよくわからんけど大好きな歌。 好きな歌といってもいろんな歌がありますよね。 昔はウォークマン、今はipodと器は変わってもそばに歌があるってやっぱりいいもんです。 そういえば、昔はCDなんてなくてレコードでしたね。よく似た(?)もので雑誌の付録の「ソノシート」なんてものもありました。 確か最初に買ったのは、百恵ちゃんのベストアルバムじゃなかったかなぁ?もしかしたらゴダイゴの銀河鉄道999のEP盤だったかもしれません。 小学校の高学年から歌謡曲を聞き出して、初めて買ってもらったラジカセがもうとんでもなく大事な宝物でした。ちょうどカセットのオートリバース機能が出たした頃でそれがとっても自慢でしたね。当時はケーブルでつなぐなんてことも知らなくて、テレビの音楽番組が始まるとテレビの前にラジカセ置いて好きな曲が始まると録音ボタン押すんです。そうすると、おかんがやってきて「はよ、風呂入りや〜」といきなり部屋に入ってきて、好きな曲のさびの部分だけおかんの声でかき消されて、んでも仕方なくそれ聞くしかなくて。。。。 中学はいると兄貴の影響で洋学に染まりだし、高校ではバンド組んでチケット配ったり、今聞くと宇宙の果てまで逃げてしまいたくなるような歌詞に曲つけたりして、ライブハウスにでも持ち込んだりもしてました。あの頃は本気で音楽で飯食えたらいいなぁって思ってました。 今でも自宅で仕事するときは必ず音楽かけてます。 最近のラップとかにはついていけなくて、やっぱり80年代くらいの洋楽が一番しっくりきます。事業計画や企画書書くときはだいたいビートルズ、プログラミングするときはハードロック、メール処理やウェブで情報収集するときは邦楽とか懐かし系が多いような気がします。 そして一番のストレス解消は、なんでもいいから好きな音...

問題の本質

松本龍とかいう人間が、宮城県庁でやらかして辞任に追い込まれた問題がまたぞろメディアを賑わせている。 九州人がとか、B型がとかのせいという言葉尻でお怒りになっている九州の方やB型の方もいると聞きます。そして大手のメディアは、いつものように「問題発言が・・・」とか「被災者の気持ちが・・・」と大騒ぎしているようです。 本当にこの国のメディア、しかも放送免許という独占的権益を背景にしているテレビメディアの報道関係者は無知蒙昧なのだろうか? 問題の本質は、「(このことを)書いた社は終わる」という言葉に集約され、その政治権力を自己の保身に使おうとしたことであり、またメディアはそれを黙って受け入れてしまうのだということ。大臣になれば民間の会社などひとひねりにできると考えている何よりの証拠であり、そんな横暴がまかり通るのであればこの国は民主主義ではないことを意味するし、(もちろんそうでないので)法であれなんであれ、超越した力を行使できると勝手に考えてしまう阿呆なのだ。 以前の尖閣諸島問題でも同じようなことが仙谷官房長官というこれまた共産主義かぶれの馬鹿者によってひた隠しにされようとしたことと根本を同じくしているような気がしてならない。 そして、そういう権力の横暴を国民に知らせるために正義を振りかざしているメディアが、権力者から少し脅されればそれにホイホイと手を貸すのだから、我々は真実を知るすべは非常に限られているし、大量にテレビから流されるニュースは全く持って信用できないことになってしまう。 こういうことは、たまたまではないであろうし、簡単にこうやって表面化するということは、隠された同様の事象がいくつも存在するだろうと容易に想像できてしまうのだ。考えただけでそら恐ろしくて身の毛がよだつ。 権力を持つことで、それを振りかざして欲望を満たそうとする鬼畜のような輩がこの国の政権を構成しているのだから本当に泣きたくなるし、政権交代に夢を託した国民への罰だとしたらあまりにも惨い話ではないだろうか。 しかも、この話は管首相がやめるやめないの話ではなく、民主党のそのものが権力欲に溺れ自己の保身に汲々としていることであり、政治の世界からこの茶番劇を支えた与党勢力は次回の選挙では一掃されないと日本の未来は死神に取り付かれたままということになってしまう。 だいだい、与党...

下半期スタート!

今年も早いものでもう7月ですね。 我が社は12月決算なので、今月から下半期に入りました。 先週末いつもの様に四半期ごとの社員研修も無事終え、新しいメンバーも技術職2名、事務職3名、デザイナー1名も新たに加わり、まさに気分一新の感があります。 特に今回の研修では、いかに無駄をそぎ落とし、非合理的なものを取り除き、ビジネスの成功にただひたすら執着するためのいろんな話を互いにすることもできたのではないかと思います。 相変わらず、権力欲むき出しの阿呆の政治家達のニュースを筆頭に、心地よくない知らせが流れがちな風潮が続いていますが、我々は自分たちのできることを愚直に行い、プロフェッショナルとしての秘めたる魂を胸に邁進するしかありません。 頼もしい仲間達とともに充実した日々が待っているようで、この下半期がとても楽しみです。

内閣不信任

ここのところ、政治の世界がいつにもまして迷走を続けていて、ひんぱんにテレビや新聞でにぎやかに報じられています。 内閣不信任案です。 まず、マスコミ各社によって論調が異なり、戦前・戦後も変わらずひたすら権力におもねる朝日なんかを筆頭に、「そんな事やってる場合ではない」とかき立てていて、産経がようやく「保身しか考えない総理は一刻も退陣を」と訴えているようです。 私は後者に全く賛成ですね。そりゃやる事なす事、いかに文句言われないか、ごまかせるかしか考えてない人間ばかりが権力を握るから、情報は隠蔽され、問題は先送り、責任は他所へなすりつけ、こんな世の中に誰がしたといいたくなるくらいのひどい有様です。選んだ国民が悪いという向きもあるようですが、先の政権交代に民主党に票を投じた人も、能力がないより、ここまで姑息で卑怯者の群れだとは予想できないのは当たり前です。 つまり結婚前は気前よくプレゼントを贈り、夢の新婚生活を語ってくれていた男が結婚するや否や、働きにも行かず、親からもらった遺産を使いまくり、それどころかあちこちからさんざん借金して近所にばっかりいい顔をして、当の奥さんが文句を言うと、「いやぁ、俺はちゃんと働きたいと思うんだけど○○がねぇ」とのらりくらり、時には逆切れも交えながら結局は奥座敷でふんぞり返って、あれしろ、これやれと稼ぎもないくせにDVまがいの横暴ぶりってなところでしょうか? で、非常時なんだからこの奥さんが離婚したいといっても我慢しろと? 子供の為に奥さんさえがまんすればいいの? もう、そんな時代じゃないでしょう。 アホに権力を与えない、言い訳の材料になる場所にいさせない これ、正直者が馬鹿を見ない為の大原則ですから。

どうでもいいこと

ここのところ、外出が多くあまり社内にいない日が続いています。 出張だとお土産を買って帰るとみんなに喜んでもらえるので、時間に余裕があれば買って帰るようにしてるのですが、実は新幹線なんかの出張だと、約75%(藤本のメモ帳調べ)の確率で爆睡して、新大阪について目が覚めてあわてて飛び起きて、気がつけばお土産は車内に忘れたままで。。。。なんてことやらかしてます。 言い訳すると成長しすぎた我が身のせいでとても新幹線のいすが狭く感じられて手元にお土産置いとくスペースがないとか、鞄だけは忘れちゃいかん!と肌身離さずそっちに気が行っちゃってるのでとか。。。。 今日も岡山からの帰り、岡山名物『きびだんご』はあのまま車庫にいったか、そうじのおばちゃんに片付けられたか、さて、どこいったんでしょうねぇ? ふと、新大阪にも売ってればいいのにと思う私は、たぶんまたやらかすのでしょうねぇ、きっと。

毒にも薬にも

3/11の大震災以降、原子力や復興財源、そして被災者の心のケアにいたるまでいろんな意見がメディアをにぎわせています。 特に行き過ぎた自粛(他粛と揶揄する向きもあるようですが)や政治に対する節操のない許容と批判の繰り返しにはあきれるばかりです。 大手メディアの報道によるとほとんどの人は復興にあたり増税もやむなしと考えているらしいのですが本当なのでしょうか?わずか数年前に行った政権交代は、まさに行政の不条理を真っ正面からただす事を期待されたのであって、それは震災があれば一緒に吹っ飛んでしまうものだったのでしょうか? 社会資本が必要な今だから、本当に必要なところに資金が行き届くような仕組みにしなければいくら借金しようが増税しようがまさに焼け石に水です。しかも、ほとんどの世論を形成しているのは、「なんとなくテレビでそういっているから」「そういっておけば非難されない程度の常識を持っている人だと言ってもらえるから」という理由しか持ち合わせていないようにしか感じられません。 そんなレベルの低い多数派の意見によって、自分たちにも無意味な負担を強いられるのは正直ごめんです。 日常に於いてもそういう人は簡単に見つかります。 つまり、他人から非難されない最低限のレベルはなにかを読み取る事だけが出来て、もしかしたらそれ以上の努力をする事が損な事、そればかりか愚かな行動とすら言ってのけてしまいます。あとは自分のやりたい事、得する事に自分の持てる力を発揮するのですから始末に負えません。そういう人は集団に於いては直接非難される事は無く、周囲も「悪い人じゃない」の一言で許容してしまうのです。 その集団に、その隠れた悪を見抜く事が出来る人がいなければ間違いなくその集団は本来の集団の機能を果たさなくなります。実は社会の一員として生存する以上、集団や社会に益をなさない事自体が悪なのですが、行き過ぎた個性尊重(本来はそんなものは個性でもなんでもなくエゴでしかないのですが)と減点方式の評価主義のせいなのか、「(目に見える)迷惑をかけてないからいいでしょ」とばかりに胸を張られる始末です。 それはきっと、その本人の知性と品性のなさばかりではなく、集団の構成する一人一人に想像力と洞察力がなさすぎるのことに起因するのだと思います。 私はよく 「毒にも薬にもならないやつが一番タチが悪い...

日本の経済

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昨年頃から日本のGDPが中国に負けたというニュースが現実のものとなって流れていますね。経済学に疎いからか、個人的には一人当たりGDPの方が直感的に納得できる数値のような気がします。 で、それを見てみると うわ、えらい下がってますね。えらいこっちゃ。 実際、先進国の中でも17位ぐらいに位置していて、アジアではシンガポールにあっさりと抜かれています。 今の若い人はそうでもないのかもしれないけど、私ぐらいやそれ以上の年代の人は、やはり日本はアジアの中の唯一の先進国で他の東南アジアの国々はバカンスに行くぐらいにしか思ってないのかもしれません。しかし現実はそんなうつつの夢の中にいる日本は置いてけぼりを食らっているんですね。 日本の成長ピークがバブルの頃(1990年ぐらいまで)だとしたら、当時はITといえばネットは普及していなくてパソコンもなく、コンピュータはそれぞれ計算機としてお役立ちの時代でした。しかし、その頃にピークを迎えた事がもしかしたら日本のIT化を遅れさせているのかもしれないなぁと感じます。2000年以降も成長し続けるアジア諸国に目を向けると高等教育もインターネット無しでは成立しないし、社会インフラそのものも当然インターネットを含めたITが基盤としてしっかり活用されているように思います。 中でもシンガポールは金融だけでなく様々なアジア圏ビジネスの中心として発展し続けていて、その要因の一つにインフラ投資の効率性が挙げられるかもしれません。なんせ国土面積がたかだ東京23区ぐらいなんですから、そこに国家レベルの投資が外資をしっかり活用しながら行われたら日本の利権にまみれた無駄な公共投資では勝てっこありません。 だから?諦めますか? とんでもない! I'll never surrender. ですよね!