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プログラマーということ

私はプログラマーです。 プログラミングをしてるのは、やっぱり楽しくて、特にいいアイデアが浮かんで、そいつの実装にチャレンジしてうまく行った時の気持ち良さってのはたまらないですよね。 技術の動向は常に気になります。 特に近年、いろんな技術、手法、フレームワーク、言語の新潮流があり、また流行り廃りがありと、めまぐるしいことこと上ないです。 最近で言えばモバイルアプリの開発。 iosはObjective-CからSwiftへ変わり、AndroidはJava。そして従来のWeb開発のノウハウを生かせるためのハイブリッドアプリが生まれ、WebフロントエンドのFlashの没落によってさらにJavascriptが脚光を浴び、そのためのフレームワークは乱立し、とめまぐるしいことこの上ない。ちなみになんとなくreactに落ち着きそうですがどうなることやら。。。 そういえば、数年前にはRuby on Rails風のMVCアーキテクチャを取り入れたrhodesなんていうモバイルアプリ向けフレームワークもありました。なかなかイケてて、実装もしやすく結構好んで使ってたんですが、モトローラに買収されてからは開発は停滞し、今では見る影もありません。弊社でもいくつかアプリを作ってたんですが全面書き直しするハメになりました。。。 私が大好きなRuby on Railsも10年が経ちもうすぐバージョン5がリリースされようとしています。少なくとも大きなメジャーアップデートはその歴史のまんま弊社では連れ添ってきました。 実は、会社を起業する直前まで、私はプログラミングという仕事から5年ほど遠ざかっていました。 最初のSIerでの最初の3年ほどはバリバリのプログラマだったんですが、それ以降は設計などの上流工程や顧客折衝がメインになり、転職したベンチャーではマネージャーに徹していました。だから前職で知り合った人には私がプログラミングできるなんて想像もできないと思います。 起業して当時まだ生まれたてのRuby on Railsを独学で会得して三ヶ月ほどでEコマースサイトをリリースしたのを皮切りにプログラマーとして再出発しました。(もちろん経営、営業、雑用もしながらですが) 参考になる情報リソースはほとんどなかったので、Webの情報だけでなく、少しでも関係のある書籍は片っ端から...

『スキル』ということ

自分で言うのもなんですが、私のスキルは多種多様だと思います。 エンジニアとしては、システムの企画、方式設計、サービス設計、インフラ・基盤設計からUI設計、プログラミング、テスト、HTML・ CSSコーディングを一人で完結できます。 事務屋さんとしては、簿記・経理を始め、法務、人事、調達、マーケティングもこなします。 まぁ社長やってりゃ事務系スキルはあって当然なんですけどね。ですが、経営(社長さんでなくともそれなりの責務がある人)の立場にある人でも帳簿読めない、B/S・P/L・C/Fなにそれ、美味しいの?という人も結構いたりします。ましてや、『帳簿は現金主義で楽チン』なんて未だに信じてる人もいたりします。 とはいうものの、大手にSEとして勤めていた頃はそんなこんなも、な〜んにも知りませんでした。技術者でしかないことに一応の危機感はありましたが、会社では社内政治が優先され、社員は大手企業社員であるだけのプライドで満ち満ちた人ばかりでした。もちろん私もその一人です。 ですが、ある案件の営業でそんなプライドは吹っ飛んでしまいます。 私の提案は顧客のコンセプトからは外れ、聞いたこともない会社に2社競合で完敗したのです。 その時に、初めていかに自分が技術のことだけしか知らないか、マーケティング、いやビジネス、商売の基本を知らないかを思い知らされました。 折しも、世間ではバブルがはじけ、右肩上がりの経済成長神話は崩壊し始めており、事務処理・コスト削減しか知らなかった大型SIerのスキームが通用しなくなり始めていたのでした。 企業は、新しい「売れる仕組み」を作ることを模索し、ITベンチャーが見事にそのニーズに応え勢いを伸ばし始めていた頃でした。 それまで、「与信」という壁で、一定の資本と知名度がなければ特に関西では取引さえままならない状況だったのが、「いいものであれば売れる」という本来当たり前の理屈が実現されつつありました。 「やばい.....」 本当にそう思いました。 もちろん、あのまま社内で出世競争に励み、安定した高給のもと、休日や休暇を満喫するということも可能でした。 でも、私には無理でした。 そして、飛び出してたまたま求人情報サイトで見つけたベンチャー企業に転職。そしたらそこは、後から知ったことですが、例の2社競合で私を完膚...

続くということ

ニュースにせよ、広報宣伝にせよ、「話題性」というのはとても重要です。 『冷やし中華、始めました』 と、張り紙を出しても当たり前すぎて誰も気にもとめてくれない。 でも 『冷やし 中華まん 、始めました』 と書いてみれば、「なになに?」と思って興味を持ってくれるかもしれない。 とかく、新しく商売をしようとする時に「目新しい特徴」というのは必要だと言われる。 確かにそうなのだけれども、そればかりを追い求めると、そして、それだけが商売の根幹になってしまうのは違うと思う。 2000年の頃から、殊更ITが新しい分野だと持て囃され、ニュースや経済系メディアで、日本のITベンチャーが取り上げられることも珍しくなくなった。 しかしながら、上場だけが目的で、上場した途端しぼんでしまうITベンチャーも少なくない。 あるいは、たまたま最初のアイデアがヒットし、注目を浴びたけど、実はその後醜聞にまみれて、大手に買収されたり、倒産したりする会社も後を絶たない。 「永続性」とか、英語で言う「sustainable」の方がニュアンスは近いかな。 会社、仕事を考える時にこれを意識しなさいって私は師匠に教わりました。 そして自分で、会社を立ち上げて10年が経ち、それが少しは叶ってるのかなと思います。 華やかな脚光をあびることだけが持て囃されることも多いけれど、地味でも安定してお客さんにサービスを提供できることは絶対におろそかにされてはいけないことでしょう。 これはまた、個人と仕事の関係でもとっても大切なことだと思います。 ことあるごとに私は会社のメンバーにその話をします。 もちろん、仕事と適当に距離を保って、お金を稼ぐ手段と割り切って淡々と仕事ができる人は、それはそれで構いません。 でも少なくとも私は、『楽しい』と思えなければ続かない。 そして、「sustainable」であるためには、健康も家族や周囲の理解も含めて「無理」をしては絶対にいけない。 だからこそ、ラッキーの連続に期待するんではなく、「成功」を「必然」にする工夫をいつも考え、実行していかないといけません。 んなこと言ってても、まだまだ未熟で、考えの及ばないことばかりなんですけどね。 ただ、ありがたいのは...

バランスということ

仕事に限らず、年を重ねるにつれ「バランス」というものが求められることは周知の通りです。 仕事とプライベートの「バランス」 自分の想いと、周囲の想いとの「バランス」 やさしさと厳しさの「バランス」 つまり、幼い頃の未熟な自分は、やはり自分のことで精一杯で、そしてまた、失敗も許されたり大目に見てもらったりする余裕もあり、ある程度の「利己」を基本としても成立する生活だったんでしょうね。 つまり、責任が自分自身で完結していたとも言えるのかもしれません。 しかし、社会に出て自分以外の人間との関わりが広がり、自分の行動によって影響を受けてしまう人や事が増えれば増えるほど、それではうまくいかなくなっていきます。 それだけ、高度な結果を求められるとも言えます。 起業して約10年。30代の頃はひたすら自分のスキルと仕事の完成度だけを追い求めても、それなりの結果を出せていたように思います。 しかし、会社を代表する立場になって、その成果に他者からの納得と安定した継続性を必然的に求められるのは当たり前の事で、それまでとの違いに戸惑いながら過ごしてきたように思います。 たとえば、「お客さんに喜んでもらう」ということ。 それまでは、今目の前にある仕事をいかに完璧に仕上げるか?自分の実力を認めてもらえるかということが直接の動機でした。もちろん、口では「お客さんのために」という事は言うのだけれども、すごく単眼的である意味価値観の押し付けと言ってもいいようなものだったと思います。 なぜ、そうだったのか? 自分が人間的に成長したとか、そういうことでもなく、「相手の幸せ」という事に対する想像力が乏しかった、むしろそういうところに起因する事だったように思います。 騙したり、自分だけ得をしてやろうとか、そういう不道徳が原因なのではないからこそ、本人にはやましい気持ちもなく、そしてまた目上の人からのアドバイスもしっかりと腹には落ちてなかったんだと思います。 でも。 でもなんです。 でも、やっぱり正直な気持ちは、100%他人のために生きるような善人でもない。じぶんの理屈ではない感情というか欲望というか、心が「飛び跳ねる」ものがないと、やっぱり自分自身が続かない。 いま、うちの会社は平均年齢がぐっと下がり、20代のメンバーがいろいろと頑張ってくれてい...

「聞く」ということ

一般的に、会社の新人教育なり、OJTなりで教えられるのは、 「聞く(尋ねる)側のマナー」 であって、メモとれ、同じこと聞くな、自分でまず調べて、ググれカスなどと言われてまず凹む。 ふと、それってすごく徒弟制度的習慣なんでは?と思いました。 そういうことを気にして、 わからない事を聞かない 誰かが話している内容に興味があっても気軽に話に入れない 聞いて怒られるより、とりあえず片付けて無難に済ませよ とか、その他にもいろいろあるかもしれないけど実際ネガティブな側面の方が大きいと思うのです。 自分が当たり前に知っていると考えていることでも、他人に教えることを通して、自己の知識がより深まり、再学習効果があることは科学的にも証明されています。 ましてや、聞かれる事を拒んだり、聞くためのハードルを上げる先輩や上司に囲まれて萎縮しながら仕事をしていて、成長するとはあまり思えません。 もちろん、自己研鑽やわからない事を調べて理解するという手順を自分なりに確立するということもとても大切なことです。 しかし、今の時代に求められているのは「変革」と「スピード」です。 確かに日本人は、「礼儀」と「型」を大切にします。そういう文化的気質が、今の時代に必要なものを阻害する側面はやはり否定できません。 でも、劇的に変化し続ける技術やビジネス環境に取り囲まれながら、航海を続けるには、組織自体が「聞く」ことのコストを下げ、いや、むしろ「聞く」ことにインセンティブを与えるくらいにならないといけないのではないでしょうか? そういう極めて基本的な行動変化から始めることによって、組織のメンバーそれぞれが成長する。 そういうモデルを作り上げていかないといけないのだと思います。 先日ある外資系の企業で活躍する人に 「本当に最近、仕事ができるために学歴とやらは関係ないと痛感する。コミュニケーション能力という今更ながらの言葉が極めて重要な要素ですよね。」 という話をしていただいた。 それはやはり、「聞いて知る」というごくごく基本的なことに敏感であること、ではないかと思います。 もちろん、自分の行動として心掛けるだけではなく、「聞く」という行動で始まる、組織における「情報と知恵の流通」に各自がどれだけ貢献...

仕事納め

早いもので、今年の営業も今日までです。 今年は 大阪クロススクエア をチャレンジとして立ち上げました。 思いの外準備に手間取り12月までずれ込みましたが、スタッフそれぞれが目的意識を持って頑張ってくれました。 来年はおさるの年男なので、いいことがあればいいなぁ、と思っておりますが、やはり幸せは、自分の手で『必然』にしなければいけませんね。 いつものことながら、ドラスティックな成長ではなく、一歩一歩自分の立ち位置を客観視しながら、汗かくことを忘れずにまだまだチャレンジしていきます。 みなさま、本年も大変お世話になりました。 本当にありがとうございました。 よいお年を。

リーダーの条件

昨日、なにげに以前録画してあった「リーダーズ」ってドラマをもう一度見てみました。 トヨタ自動車の実質的創業者である豊田喜一郎氏の後半生を描いた物語で、資源も技術もない日本において、ゆるぎない信念とたゆまぬ努力で世界に通用する国産自動車の製品化を成し遂げるストーリーは、何度見ても心を震わせてくれるものでした。 事業家というより技術屋的な氏の、車つくりにかける情熱は純粋で、会社の原動力そのものではあるけれども、時に財務的危機を迎えてしまいます。そして何度ももうダメだという時でも、あきらめず、その夢を信じついて来てくれる人々の事を想い走り続けるのでした。 まさに真のリーダーの姿ではないでしょうか? リーダーに必要とされるものはいろんなものがあるかもしれません。しかし、少なくとも利己的なもの、排他的なものが垣間見えてしまう人に誰がついて行こうとするでしょうか? その夢が、人の心に響かない浅はかな欲望を満たすものでしかなければ、誰が共に苦労を背負ってくれるでしょうか? 汗をかかずに号令をかけるだけで、自分たちの努力を気付こうともしない人に、誰が共感できるでしょうか? 旧日本海軍の山本五十六大将の名言にこんなものがあります。 やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ  大所高所から人を導くタイプのリーダー像ももちろんあるでしょうが、私はやはり共に汗をかく方が性に合っている気がします。 そして、好きだからやる、もう一度この基本に立ち返ってみたくなりました。 プログラムを書いて、初めてそれが動いた時の感激。 あれが全てだったんだと思います。 いまも、やっぱりプログラム書いてるときが楽しくて楽しくて仕方がないんですよね。そこに理屈はなくて頭ではなくて魂で感じるものだけがある。そんでいいんじゃないかなーって思います。