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新規採用開始しました

マイコミ転職で今日から新規採用の広告を出稿しました。

今回はプログラマ・エンジニアの募集です。
募集広告に書ききれなかったことを少しかけたらと思ってこの記事を書いています。

プログラマといっても、多種多様な人材像があります。
基幹系や制御系といった技術系統、流通分野や金融分野といった対象業種系統もあれば、身につけるスキル系統にも様々な違いがあります。

現在セブンエージェントでは、主に流通業、サービス業そして公共分野におけるWebチャネル活用を中心テーマとしてお客様へのサポートとシステムサービス提供を行っています。

一般的には、マーケティングやCRMといった切り口で語られる事の多い分野です。

ただし、我々はこの業界でありがちな流行り物を追いかけたりするようなことはしません。
例えばWEB2.0といった言葉に踊らされたり、流行りもの(ブログ、SNS、最近ではツイッターかな?)に飛びついたりと言うことはほとんどありません。本当に必要なお客様へのお手伝いをすることはありますが、本質を理解せず狂想曲のように変な強迫観念にとらわれているお客さんの治療こそ我々の使命だと思っているところもあります。

我々が追い求めるのは、お客さんが儲けてハッピーになること、それに尽きます。

成功するビジネスの貢献者となり、感謝されることただひたすらそれを至上の喜びとするのです。

そのためのITプロフェッショナルとして、クオリティの高いサービスを提供するには、鍛え抜かれた技術を身につけていなければいけません。プロなのですから他人より使いやすく、機知に富み、かつ実用的なものをどこよりもスピーディーに提供しなければならないのです。

これは、とても一人の努力でなしえるモノではありません。同じ事を目指す仲間が集い、適切な助言を受け、高い理念の下で仕事がし続けられる環境が必要なのです。

それが、セブンエージェントという会社です。

例えばこの業界の多くが、常駐派遣という形態で社員を客先に常駐させ、その人月費用で利潤を得ています。
実体は、仕事の中身は本人任せの人身売買、それが器用に儲けるコツと信じて疑わない会社が多数存在します。営業と名の付くヒトがたまに巡回して機嫌を取りに来てくれ(社長自らの場合もあります)、たまに各地に散らばっている社員の帰社日があれば、申し訳なさ程度のありきたりの報告会と研修会。これで本当に社員が成長するのでしょうか?会社を愛する気持ちが育つのでしょうか?

例えば受託開発とは名ばかりの、元請け企業のいいなりの下請け開発。要件定義も地平線の彼方で行われていて、仕様コントロールも出来ないのに本当にいいものが作れるのでしょうか?
現場ではドキュメントがどうとか、契約がなんとかと言うものの、いいものが作れないのは本当はそれが理由ではなく、その請負構造なのだとその中にいると知るよしもありません。

我が社のメンバーにはそんな想いはさせたくありません。何年か働いたその後にあるのは、自らが成長した実感ではなく社会から取り残されたと言う虚無感しかないというのはあまりにも人生のロスとしては取り返しが付かなさすぎるのです。

誇りを身につけてほしいのです。

私はそんな仲間と一緒に、少数精鋭集団を作り上げたいのです。

私もまだまだ未熟です。鍛え続けていかなければいけないところもたくさんあります。
でも、その先に楽しいことがあるのならきっと走り抜けることは出来るはずだと確信しています。

今を辛抱するのではなく、今を楽しみその延長線上にある未来も照らし続けること

これがセブンエージェントの意志です。

すてきな仲間と出会えることを楽しみにしています!!

コメント

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うれしいこと

昨日、とってもうれしいことがありました。

10年以上、会社を運営してきて、結構上位に入るぐらいかもしれないですね。


事の始まりは、2週間前くらいかな?
ふとしたことから、以前うちの会社の卒業していった社員が、見事カムバックしてくれることになりました。

元々、一緒に仕事してた時は、とても責任感持って仕事に取り組んでいたし、いろいろいい結果も出してくれていました。
その時には、「もっと社会を見聞きしてステップアップしていきたい」という本人の希望もあって、みんなも本人の成長を期待して送り出したのを覚えています。

それから何度かやりとりしたりもしていましたが、たまに見ると、新しい職場で一生懸命、いろんなことにチャレンジしている姿も目にしてました。

そして、本人から昨日、「また、お世話になります!」との一報をもらった時は、大げさじゃなく感無量になってしまって、電話で自分でも何いってるかわからんくらいになっちゃいました(^_^;)

仕事人としてとっても好きな奴なので、また一緒にやれる喜びと、頼り甲斐のあるメンバーが来てくれる心強さと、そして何より、あれから時が経った我々のチームを、今またあらためて信頼してくれたんだっていうことがたまらなく嬉しかったんです。

その気持ちに応えるためにも、むっちゃおもろい仕事させたるでーっと。期待外れやと言われんようにせんとね。

プレッシャーも半端ないけど、自分自身その方が気合がめちゃ入ってます。

今すすめてる事業企画も、これでさらにパワーアップしてスタートできる予感がしてます!!

さぁて、がんばろーっと!!





オープンにすること

早いもので、な〜んにも構えもせずに新卒でIT業界に飛び込んで○○年になろうとしています。
社会人になる覚悟すらまともにできてなかったし、今のように企業研究なんて、自宅に送られてくるDMながめるくらいが関の山。 さらに、同期が会社訪問だ〜、面接だ〜と走り回ってる頃には、高校の教育実習に行ってましたしね。
時は流れて、平成も終わろうとして、私たちの年代は3年号またぎを達成予定です。これって結構すごいこと?あ、でも大正生まれなら4年号またぎですね。
と、世の中も昔とはず〜いぶん変わって、ビジネスのスタイル、ITを取り巻く環境も、インターネットの出現によって大変革を遂げました。
「情報革命」と言われ、18世紀の「産業革命」に匹敵するくらいの社会構造の変化をもたらしたとも言われる、その真っ只中に私たちはいるわけですね。
とりわけ、情報のオープン化は顕著な変化です。
情報伝達速度が桁違いに速くなり、それとともに単位時間当たりに私たちが処理しなければいけない情報量もますます増えていくでしょう。さらにこれからは仮想現実が身近なものになるでしょうし、まさに空間そのものが、我々の想像を超えた、別次元のものになっていくに違いないでしょう。
おっと、話が大きくなりすぎました。。。。。
もう少し、身近な視点にズームしてみましょう。
企業においては、いま、情報ガバナンススキルがマネジメント層に求められています。
情報のオープン化にともなって、これまでなかった脅威やリスクに企業が晒されるようになりました。ネットでの炎上、個人情報の流出、ハッキング、コンピュータウィルスなどなど。さらには、個々の企業の中に閉じ込められていた過酷な労働環境が次第に公開され、「ブラック企業」なる言葉が日常の会話で交わされるようにもなりました。
経営リソースとしての「情報」が曖昧なものでなく、独立した資源として認識されたのです。
独善的な経営層にとっては脅威ですが、多くの企業は、そのガバナンススキルを重要視し、情報のオープン化に耐えうる資質を自分たちの中に求め、鍛え上げ、さらにそれを糧として、激変する市場での戦闘力に昇華させています。
私たちのビジネスの本質は、まさにそういった企業の良きアドバイザーとして、寄り添い、手を携え、共に喜び合う事なんだと思います。
だからこそ、私たちに技術力に対する妥協があってはいけないのです。

怠けるということ

プログラマに必要な素養の一つとして、よく言われるのが

「怠惰」

であることが上げられます。

かの有名なクラウゼビッツの戦争論においても、有能な指揮官の類型について以下のように述べられています。

有能な怠け者は指揮官に有能な働き者は参謀に無能な怠け者は下士官に無能な働き者は処刑
よく、プログラマは作業者であったり、職人であったりすると思われがちですが、そうではありません。 特に近頃は、どう書くかと言うテクニックよりも、そもそも「何を書くか」そして「何を書かないか」の最初の戦略がモノを言います。
「車輪の再発明」といわれるように、なんでも頑張って作ればいいと言うものではありませんし、職人の腕自慢ほど自己満足で他人にとってどうでもいいものはありません。 芸術や科学研究ならいざしらず、限られた時間と資源で最大の効果を狙うビジネスのステージにおいては、そもそも目的地に向かうときのプランニング能力の違いが圧倒的な結果の差をもたらします。
その時に、働き者であればあるほど、一生懸命さや、どれだけ動き回るかに価値を置いてしまうのに対して、有能な怠け者は、「横着」をして「最大の効果」と求めます。 いま、当たり前にやってる作業を簡略化できないものか?ん?そもそもこの作業は必要?やらなくて済む方法は・・・・!! 例えば、昨年注目を集めた真田幸村をはじめとした信州真田氏。 栄達の突破口を開いたのは、幸村のおじいさんである真田幸隆という人物でした。
彼はごく小さな山奥の村の、小豪族でしかありませんでした。
しかも、隣接する大きな豪族である村上氏に領地を奪われ流浪の身になってしまいます。
そして、しばらくのち、風林火山で有名な武田信玄が甲斐国(現在の山梨県)から信州(現在の長野県)に勢力を拡大していきました。
次々と信州の小豪族を従えその勢いはとどまるところを知りません。
そして、いよいよ村上氏が立てこもる砥石城と言う城を攻め立てます。
それまで、ほぼ無敵だった武田軍は村上氏相手に大苦戦し、有力な古参の重臣たちまでも戦死するほどの大きな痛手を負う始末。
それでも武田軍は攻める手を緩めることをせず、被害は広がる一方で
家臣たちがあの手この手を使って奮戦しますが、堅固な砥石城を攻め落とすことはできなかったのです。
そこへ現れたのが、領地を奪われ流浪の身となった真田幸隆でした。
彼は、砥石城にこもる旧知の仲間を頼りに、…