スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

2011の投稿を表示しています

おたんじょうび

今日は、43回目の誕生日でした。
まぁ、この歳のおっさんが迎える誕生日なんてものは、味気なく淡々としたものですがそれでも何人かの方からはFacebookでコメントいただいたり、社員からもちょっとしたプレゼントももらったりと、ありがたいことこの上ないものでした。

よく「年を重ねるにつれて、1年の時間感覚がどんどん短くなっていくよ」と言われたりしますが、ほんとにあっと言う間に日々が過ぎていく気がします。

会社は、といえば次のステップに向かうべく、一気にとはいかないものの準備を進めつつあります。つい焦る気持ちが前に出そうになるところをなんとか自重して、無理せず丁寧に進めていかないとなぁと自分に話しかけ続けている感じです。

今年もあと3ヶ月ちょっと。

さて年末にはどうなっていることやら。。。。

歌は世につれ、世は歌につれ

歌ってやっぱり、世代、性別、国籍を超えていろんな力を与えてくれますよね。

朝一番に聞くと「さあやるぞ!」と元気になれる歌

落ち込んだり疲れてるときにいやされる歌

楽しい気分を何倍にもブーストしてくれるノリのいい歌

心のはじっこをちょこっと突ついてくれる思い出の歌

今はそばにいないけど忘れたくない人の思い出を鮮明に映し出してくれる歌

「なんとかなるさ」と些細なことがどうでもよくなるようなばかばかしい歌

なにがいいのか自分でもよくわからんけど大好きな歌。

好きな歌といってもいろんな歌がありますよね。
昔はウォークマン、今はipodと器は変わってもそばに歌があるってやっぱりいいもんです。

そういえば、昔はCDなんてなくてレコードでしたね。よく似た(?)もので雑誌の付録の「ソノシート」なんてものもありました。
確か最初に買ったのは、百恵ちゃんのベストアルバムじゃなかったかなぁ?もしかしたらゴダイゴの銀河鉄道999のEP盤だったかもしれません。

小学校の高学年から歌謡曲を聞き出して、初めて買ってもらったラジカセがもうとんでもなく大事な宝物でした。ちょうどカセットのオートリバース機能が出たした頃でそれがとっても自慢でしたね。当時はケーブルでつなぐなんてことも知らなくて、テレビの音楽番組が始まるとテレビの前にラジカセ置いて好きな曲が始まると録音ボタン押すんです。そうすると、おかんがやってきて「はよ、風呂入りや〜」といきなり部屋に入ってきて、好きな曲のさびの部分だけおかんの声でかき消されて、んでも仕方なくそれ聞くしかなくて。。。。

中学はいると兄貴の影響で洋学に染まりだし、高校ではバンド組んでチケット配ったり、今聞くと宇宙の果てまで逃げてしまいたくなるような歌詞に曲つけたりして、ライブハウスにでも持ち込んだりもしてました。あの頃は本気で音楽で飯食えたらいいなぁって思ってました。

今でも自宅で仕事するときは必ず音楽かけてます。
最近のラップとかにはついていけなくて、やっぱり80年代くらいの洋楽が一番しっくりきます。事業計画や企画書書くときはだいたいビートルズ、プログラミングするときはハードロック、メール処理やウェブで情報収集するときは邦楽とか懐かし系が多いような気がします。

そして一番のストレス解消は、なんでもいいから好きな音楽かけて、行き先決めずに車でどこまでもドライブ。これさえ…

問題の本質

松本龍とかいう人間が、宮城県庁でやらかして辞任に追い込まれた問題がまたぞろメディアを賑わせている。

九州人がとか、B型がとかのせいという言葉尻でお怒りになっている九州の方やB型の方もいると聞きます。そして大手のメディアは、いつものように「問題発言が・・・」とか「被災者の気持ちが・・・」と大騒ぎしているようです。

本当にこの国のメディア、しかも放送免許という独占的権益を背景にしているテレビメディアの報道関係者は無知蒙昧なのだろうか?

問題の本質は、「(このことを)書いた社は終わる」という言葉に集約され、その政治権力を自己の保身に使おうとしたことであり、またメディアはそれを黙って受け入れてしまうのだということ。大臣になれば民間の会社などひとひねりにできると考えている何よりの証拠であり、そんな横暴がまかり通るのであればこの国は民主主義ではないことを意味するし、(もちろんそうでないので)法であれなんであれ、超越した力を行使できると勝手に考えてしまう阿呆なのだ。
以前の尖閣諸島問題でも同じようなことが仙谷官房長官というこれまた共産主義かぶれの馬鹿者によってひた隠しにされようとしたことと根本を同じくしているような気がしてならない。
そして、そういう権力の横暴を国民に知らせるために正義を振りかざしているメディアが、権力者から少し脅されればそれにホイホイと手を貸すのだから、我々は真実を知るすべは非常に限られているし、大量にテレビから流されるニュースは全く持って信用できないことになってしまう。

こういうことは、たまたまではないであろうし、簡単にこうやって表面化するということは、隠された同様の事象がいくつも存在するだろうと容易に想像できてしまうのだ。考えただけでそら恐ろしくて身の毛がよだつ。

権力を持つことで、それを振りかざして欲望を満たそうとする鬼畜のような輩がこの国の政権を構成しているのだから本当に泣きたくなるし、政権交代に夢を託した国民への罰だとしたらあまりにも惨い話ではないだろうか。

しかも、この話は管首相がやめるやめないの話ではなく、民主党のそのものが権力欲に溺れ自己の保身に汲々としていることであり、政治の世界からこの茶番劇を支えた与党勢力は次回の選挙では一掃されないと日本の未来は死神に取り付かれたままということになってしまう。

だいだい、与党だから首相を支えないといけない…

下半期スタート!

今年も早いものでもう7月ですね。

我が社は12月決算なので、今月から下半期に入りました。
先週末いつもの様に四半期ごとの社員研修も無事終え、新しいメンバーも技術職2名、事務職3名、デザイナー1名も新たに加わり、まさに気分一新の感があります。

特に今回の研修では、いかに無駄をそぎ落とし、非合理的なものを取り除き、ビジネスの成功にただひたすら執着するためのいろんな話を互いにすることもできたのではないかと思います。

相変わらず、権力欲むき出しの阿呆の政治家達のニュースを筆頭に、心地よくない知らせが流れがちな風潮が続いていますが、我々は自分たちのできることを愚直に行い、プロフェッショナルとしての秘めたる魂を胸に邁進するしかありません。

頼もしい仲間達とともに充実した日々が待っているようで、この下半期がとても楽しみです。

内閣不信任

ここのところ、政治の世界がいつにもまして迷走を続けていて、ひんぱんにテレビや新聞でにぎやかに報じられています。
内閣不信任案です。
まず、マスコミ各社によって論調が異なり、戦前・戦後も変わらずひたすら権力におもねる朝日なんかを筆頭に、「そんな事やってる場合ではない」とかき立てていて、産経がようやく「保身しか考えない総理は一刻も退陣を」と訴えているようです。
私は後者に全く賛成ですね。そりゃやる事なす事、いかに文句言われないか、ごまかせるかしか考えてない人間ばかりが権力を握るから、情報は隠蔽され、問題は先送り、責任は他所へなすりつけ、こんな世の中に誰がしたといいたくなるくらいのひどい有様です。選んだ国民が悪いという向きもあるようですが、先の政権交代に民主党に票を投じた人も、能力がないより、ここまで姑息で卑怯者の群れだとは予想できないのは当たり前です。
つまり結婚前は気前よくプレゼントを贈り、夢の新婚生活を語ってくれていた男が結婚するや否や、働きにも行かず、親からもらった遺産を使いまくり、それどころかあちこちからさんざん借金して近所にばっかりいい顔をして、当の奥さんが文句を言うと、「いやぁ、俺はちゃんと働きたいと思うんだけど○○がねぇ」とのらりくらり、時には逆切れも交えながら結局は奥座敷でふんぞり返って、あれしろ、これやれと稼ぎもないくせにDVまがいの横暴ぶりってなところでしょうか?
で、非常時なんだからこの奥さんが離婚したいといっても我慢しろと? 子供の為に奥さんさえがまんすればいいの?
もう、そんな時代じゃないでしょう。
アホに権力を与えない、言い訳の材料になる場所にいさせない
これ、正直者が馬鹿を見ない為の大原則ですから。

どうでもいいこと

ここのところ、外出が多くあまり社内にいない日が続いています。

出張だとお土産を買って帰るとみんなに喜んでもらえるので、時間に余裕があれば買って帰るようにしてるのですが、実は新幹線なんかの出張だと、約75%(藤本のメモ帳調べ)の確率で爆睡して、新大阪について目が覚めてあわてて飛び起きて、気がつけばお土産は車内に忘れたままで。。。。なんてことやらかしてます。

言い訳すると成長しすぎた我が身のせいでとても新幹線のいすが狭く感じられて手元にお土産置いとくスペースがないとか、鞄だけは忘れちゃいかん!と肌身離さずそっちに気が行っちゃってるのでとか。。。。

今日も岡山からの帰り、岡山名物『きびだんご』はあのまま車庫にいったか、そうじのおばちゃんに片付けられたか、さて、どこいったんでしょうねぇ?

ふと、新大阪にも売ってればいいのにと思う私は、たぶんまたやらかすのでしょうねぇ、きっと。

毒にも薬にも

3/11の大震災以降、原子力や復興財源、そして被災者の心のケアにいたるまでいろんな意見がメディアをにぎわせています。

特に行き過ぎた自粛(他粛と揶揄する向きもあるようですが)や政治に対する節操のない許容と批判の繰り返しにはあきれるばかりです。

大手メディアの報道によるとほとんどの人は復興にあたり増税もやむなしと考えているらしいのですが本当なのでしょうか?わずか数年前に行った政権交代は、まさに行政の不条理を真っ正面からただす事を期待されたのであって、それは震災があれば一緒に吹っ飛んでしまうものだったのでしょうか?
社会資本が必要な今だから、本当に必要なところに資金が行き届くような仕組みにしなければいくら借金しようが増税しようがまさに焼け石に水です。しかも、ほとんどの世論を形成しているのは、「なんとなくテレビでそういっているから」「そういっておけば非難されない程度の常識を持っている人だと言ってもらえるから」という理由しか持ち合わせていないようにしか感じられません。
そんなレベルの低い多数派の意見によって、自分たちにも無意味な負担を強いられるのは正直ごめんです。

日常に於いてもそういう人は簡単に見つかります。

つまり、他人から非難されない最低限のレベルはなにかを読み取る事だけが出来て、もしかしたらそれ以上の努力をする事が損な事、そればかりか愚かな行動とすら言ってのけてしまいます。あとは自分のやりたい事、得する事に自分の持てる力を発揮するのですから始末に負えません。そういう人は集団に於いては直接非難される事は無く、周囲も「悪い人じゃない」の一言で許容してしまうのです。

その集団に、その隠れた悪を見抜く事が出来る人がいなければ間違いなくその集団は本来の集団の機能を果たさなくなります。実は社会の一員として生存する以上、集団や社会に益をなさない事自体が悪なのですが、行き過ぎた個性尊重(本来はそんなものは個性でもなんでもなくエゴでしかないのですが)と減点方式の評価主義のせいなのか、「(目に見える)迷惑をかけてないからいいでしょ」とばかりに胸を張られる始末です。

それはきっと、その本人の知性と品性のなさばかりではなく、集団の構成する一人一人に想像力と洞察力がなさすぎるのことに起因するのだと思います。

私はよく「毒にも薬にもならないやつが一番タチが悪い」と言います。

薬になる人は役立…

日本の経済

昨年頃から日本のGDPが中国に負けたというニュースが現実のものとなって流れていますね。経済学に疎いからか、個人的には一人当たりGDPの方が直感的に納得できる数値のような気がします。

で、それを見てみると



うわ、えらい下がってますね。えらいこっちゃ。

実際、先進国の中でも17位ぐらいに位置していて、アジアではシンガポールにあっさりと抜かれています。



今の若い人はそうでもないのかもしれないけど、私ぐらいやそれ以上の年代の人は、やはり日本はアジアの中の唯一の先進国で他の東南アジアの国々はバカンスに行くぐらいにしか思ってないのかもしれません。しかし現実はそんなうつつの夢の中にいる日本は置いてけぼりを食らっているんですね。

日本の成長ピークがバブルの頃(1990年ぐらいまで)だとしたら、当時はITといえばネットは普及していなくてパソコンもなく、コンピュータはそれぞれ計算機としてお役立ちの時代でした。しかし、その頃にピークを迎えた事がもしかしたら日本のIT化を遅れさせているのかもしれないなぁと感じます。2000年以降も成長し続けるアジア諸国に目を向けると高等教育もインターネット無しでは成立しないし、社会インフラそのものも当然インターネットを含めたITが基盤としてしっかり活用されているように思います。

中でもシンガポールは金融だけでなく様々なアジア圏ビジネスの中心として発展し続けていて、その要因の一つにインフラ投資の効率性が挙げられるかもしれません。なんせ国土面積がたかだ東京23区ぐらいなんですから、そこに国家レベルの投資が外資をしっかり活用しながら行われたら日本の利権にまみれた無駄な公共投資では勝てっこありません。

だから?諦めますか?

とんでもない!
I'll never surrender.
ですよね!

厄明け!?

最近、ちょっと調子がいいです。

特に、このところ出会う人たちがとても魅力的な人たちで、それぞれ向かい合う立場は様々なのですが
なんか自分なりに「ん?なんかこれはいい感じ?」と密かに喜んでたりします。

この春で3年の厄が明けたからでしょうか?



もともと、末っ子でわがままに育てられたからか、フラットな関係で新しい人と接触するのが苦手なタイプでした。
それよりも、自分のテリトリーでガキ大将のまま迎え入れてあげるようなそんな楽な感覚でしか他人と向き合えなかったんだと思います。
クラスで気に入らない事があるとすぐ相手に手を出して、帰りの会で名指しでしかられる、そのたんびにかあちゃんが呼び出されて、「恥ずかしい、恥ずかしい」と泣きながら歩く後を、しょんぼりしながら家までの道、普段ならあっという間に家に着くはずのいつもの帰り道がとても長く、果てしない時間に感じられたのを覚えています。

そんな私でも受け入れてくれる友達もいたりして、いまでも続いてくれている親友にはほんと感謝しているけれども、ずいぶんと他人の善意にあぐらをかいて過ごしてきたなぁと未だに反省する事然りです。

そして、社会に出て頭を打って、伸びきった鼻をボキボキと最初にへし折ってくれたのが元上司であるN氏でした。
思いもかけず入った大手のIT会社の居並ぶエリートの先輩たちに、どこか反骨心を持ち、仕事はそれなりにちゃっちゃとできてしまうのをいい事にとんでもなくえらそうな若造に鉄槌を下し、ぐぅの根も出ないくらいに打ち負かしてくださいました、、、

それから約20年、いまだに気が向いたら声をかけてくれて、「あぁ、まだ俺はしょーもないな」と感じさせてもらうのは本当にありがたいです。

そして、あの時にN氏に教えられたいろいろな事が、私を謙虚にしてくれ、いろんな人との出会いに巡り会えるチャンスをくれているような気がします。もちろん、その時その時に出会った人たちに何かをできたりしている訳ではないけれど、何人かには仕事に限らず何かをさせていただけるご縁をいただけるのには本当に感謝しなければいけないなぁと思ったりします。

てなことは本人には照れくさくて言えないので、「厄明けの効果はすごいっすよ!」ときっと話すんだと思います。

繰り返す歴史

私の母は今年で71歳になります。

彼女が生まれた翌年、日本は太平洋戦争という歴史的な悲劇の幕を開けた。そして、私の祖父を始めとする幾千幾万の方が命を落とされました。記録によると約330万人と言われていますが実数は計り知れません。
数知れない悲劇の中には、「外道の作戦」といわれた特攻隊というものがありました。賞賛や非難、様々な意見がありますが、彼らは自らの身を捨て、郷土そして何よりも愛する人を守る為に少なからず行動できる事を誇りとして「座して死す」るより「滅びるのを待つ」を潔しとせず、最新兵器によって防御された米国艦隊に突撃されたのだと思います。
そこに日本独特の死生観があったこともたしかですし、強制された事もない訳ではないでしょう。「武人らしく」がたたえられた時代であっても死の間際に恐れ、泣き、身を崩された方もいたのではないでしょうか?しかし多くの方が「他人を生かすために」死を進んで選んだのでないかと思うのです。以前、靖国陣社を参拝させていただき、その傍らにある靖国会館にある様々な戦死された方の遺書や遺品を拝見しそう感じました。そして各も偉大な先達の子孫である事が誇らしく、また、かの英霊たちが望んでやまなかった平和、当たり前の自由が謳歌できる私たちの幸せを、それを当たり前に享受していた自分の不明を恥じ、戦争という悪魔の所行を心から憎みました。

ところがその裏で特攻隊に出撃命令を下した多くの司令官たちはのうのうと戦後の繁栄を謳歌し、死人に口無しを幸いに虚構の自叙伝を出版し、政界や財界に進出していきました。
未曾有の悲劇は、戦争を始めた事より、負けを認めず軍首脳といわれる官僚や政治家たちが国民の悲劇や国の滅亡を目の当たりにしながらも最後の最後まで自分の保身に奔走した事だったのではないかと考えます。

よく軍部の暴走といわれますが、実際に軍部を指揮していたのは陸軍兵学校や大学校を出たエリート官僚たちであり、核心は軍がどうのこうのという前の、国民を顧みない政治家の腐敗とエリート官僚の悪政の結果でしかなかったのです。政治家の腐敗は国民の軍部支持へとつながり、清廉潔白な貧しい農村出身の兵隊を道具に己の欲望を満たした官僚のやりたい放題が悲劇の最大の原因だったのではないでしょうか?
全ての本土以外の海外占領地は連合軍に侵攻され、沖縄戦によってさらなる悲劇を生んでいるそのさなかも、軍の首脳は降伏を…

素直な気持ち

被災地の惨状をいい事に、空き巣を働く輩募金詐欺を企む不届き者 無責任なデマを流す馬鹿 お仕着せの善意を疑おうともしないナルシスト 自分だけはとせっせと買いだめに走りパニックを助長するたわけ
ど・い・つ・も・こ・い・つ・も……………………………
大阪名物ぱちぱちパンチくらわすぞ! どたまカチ割って脳みそちゅ〜ちゅ〜吸うたろか!
私は怒ってます。

東北地震

昨日、東北地方で観測史上最大と言われる地震が発生してしまいました。
まず、被害に遭われた方、またそのご家族や関係者の方々に心からお見舞い申し上げます。
私自身、十数年前の阪神大震災で神戸の長田というところで被災した経験がありとても他人事とは思えず、テレビを通じて流れてくる映像をみて当時の記憶とともに恐ろしさが思い出されました。 当時、まだおなかの中にいた長男が心配で、バイクの後ろに乗せてひたすら安全なところに避難しました。実際にその瞬間には何がおこったかわからず、あちこちから聞こえる爆発音と(山の手に住んでいたので)見下ろすとオレンジ色に明け方のその空が染まるぐらいにあちこちから火の手が上がる様子を見て、「戦争でも起きたのか!?」と思ったくらいでした。 当時は携帯もまだそんなに普及していた訳でもなく、ネットも当然使える状態にありませんでしたから、何がどうなって、どこに行けば水と食料が手に入るのか?日本中が被害に遭ってるのか、どこが安全なのか全くわからず不安ばかりがつのる日々を過ごしました。
そう思うと、今回とてもやるせなかったのは過去の教訓と非難をいかせない民放各社をはじめとした劇場型の報道姿勢でした。必要な情報はさほど提供せず、ショッキングな画をかぎ回るように現地を無用にうろうろし、本当に救助の邪魔になるヘリコプターの騒音を上空の空からまき散らし、被災した方の泣く姿ばかりを執拗に映し、何を伝えたいのか?もしかしたらいい絵がとれたとガッツポーツを安全なテレビ局でしてるのではと思いたくなるような放送ばかりでした。そして、憶測で無責任な発言をひたすら繰り返し、人々の不安を無用にあおるような事ばかりを強調して本当に腹立たしい想いをさせるものばかりでした。さすがにNHKは未確認の情報はできるだけ流さないように配慮してる様子が見て取れ、被災した方が必要になるかもしれない情報をできるだけ丁寧に選んで提供しているようにしていたと思います。
民放のあのような報道をする人々は、職業人としての誇りも倫理観も持ち合わせていないのでしょうか?他局を出し抜くショッキングな映像を垂れ流す事だけが誇りなのでしょうか?
現場では本当に正しく必要な情報を一つでも多く、少しでも早く欲しいのです。そして当事者にとって被災地にずけずけと乗り込んできて、コチラが困っても知らん顔で好き勝手にカメラとマイクを持ってうろつき…

免疫力

昨年末から、牛の口蹄疫、鳥インフルエンザなどによる殺処分のニュースが頻繁に流れています。人間にも花粉症の方には辛い時期がやってきて、あらためて細菌やウィルスと言った人間が生物の一つにすぎずいかに科学を持ってしても自然界の摂理にそうカンタンに打ち勝つ事等できないと言った事があらためて思い知らされるような気がします。
そして、ずいぶんと前から抗菌グッズが身の回りにあふれ、消臭剤や除菌スプレーはどの家にとっても必須アイテムになっていますね。臭いのは嫌、ばい菌はダメ、子供にはとことんワクチンによる予防接種を行い、かたやどんなワクチンも効かない耐性を持ったウィルスも見つかる等、まるでいたちごっこの様相を呈しています。
細菌学や免疫学に造詣が深くないのであくまでも素人考えなのですが、本当にそんな事してていいのかなと思うのです。 人間が本来生存のために、自然界に存在する細菌等から自分の身を守るために備えているのが免疫力です。それは人工的に工場で作られる化学物質ではなく、あくまでも人体の生命力によって作り出されるものです。それは、そういった外敵に触れるからこそ生み出されるものであり、日本人が海外に行ってその土地の風土病にかかるように、その外敵に長年にわたってあらがい続け、生命の危険を乗り越え、もしかしたら何世代にもわたって作り出されるものかもしれないのです。
生物学的に見ると、それは自然界に当たり前にある淘汰であり、その危機を乗り越えられ多種の保存を繰り返してまたその種は危機を乗り越える事ができると言えます。
そうだとするなら、感染の恐れがあるからといって、感染していない家畜も一緒に殺す事で、その可能性をなくしているのではないかと心配します。同じ環境にあって感染しなかった家畜はもしかしたら感染しない何かを持ち合わせるのかもしれないし、その生き残った家畜の遺伝子を連綿とつないでいく事でそんなウィルスがいても共生できる家畜となっていくのかもしれないのです。
きっと鳥インフルエンザなんかは毎年のように感染事例が出てくるでしょう。これから未来永劫いまやっているように大量の家畜を無駄に殺し続けるの?ほんまにそれでええんかいな?とニュースを見て思ったのでした。

求人募集します!

来る1月21日より日経キャリアNETさんで求人募集を開始します。
久しぶりの求人なのですが、初めての媒体なのでどんな人が来るのかどれぐらい応募があるのか見当もつきません。
募集に関しては、事前にインタビューを受けて先方が用意したライターさんに記事を書いていただきました。 おおよそ、媒体の方からはいつも、「できるだけ楽しくて親近感のわく雰囲気を出してください。」といわれるのですが、今回はそれに逆らっていたってまじめな、どちらかというと厳しめの内容を前面に出してもらいました。
もちろん、応募者が増えそうな事も実際にはたくさんありそうです。 残業はほとんどないし、休日出勤なんて年に一回あるかないか。先輩や年上だからといって服従を強制されるなんて事もなく、もちろん、派遣や客先常駐なんて事もありません。新しい技術はいくらでも身に付くし、常に先頭に立つ人間が困れば助け舟をさっと出してくれます。 お茶やコーヒーは飲み放題だし、結果を出せばガツンと昇給もきちんとしてくれます。
でも、そんな事につられてくる人には魅力は感じないのです。 少数精鋭をうたう以上、最大限に一人一人をプロフェッショナルとして会社が尊敬し、また一人一人がその見返りを得るためには、フリーライダー(ただのり)がいては困るのです。
セブンエージェントがメンバーに与える恩恵は、楽をするためのものではなく、光り輝く自身とその自分が生かせる場所が欲しい人にしか渡したくないと思うのです。そのかわり、手にした果実は存分に味わってほしいのです。どこにも負けない社会的報酬をそれぞれが手にし、高々と頭上に掲げ、勝ち誇ってほしいのです。
こんなんじゃ、きっと1人でも応募があればいい方やんなぁと現実も想像しながら、でもやっぱり楽しみにせずにいられないのでした。

ハーメルンの笛吹き男

大手企業の海外進出が止まらないようです。というより加速しつつあるという人も居ます。 特に電機や自動車といった日本の主要輸出産業の製造がどんどん海外に委託され、国内の工場が閉鎖され、下請けはリストラされつつあるのが現状のようです。
「ハーメルンの笛吹き男」という昔話があります。
ある街に一人の笛吹き男がやってきます。 その街はねずみの被害に悩まされていて、笛吹き男は街の人々に報酬と引き換えにネズミ退治を引き受け、笛の音でネズミを引き連れて川に溺れさせ退治してしまいます。 ところが、街の人々はネズミが居なくなってしまったのを幸いに報酬を出し渋り笛吹き男を追い出してしまいました。 再び街にやってきた笛吹き男は、今度は街の子供たちを一人残らず笛の音で山奥の洞窟に連れ出し、岩で入り口を閉じ込め中から封印をしてしまった、というお話です。
ここ数年、日本はマスコミを筆頭に世を挙げて大手企業の派遣切りを非難し、企業に悪のレッテルを貼る一本調子を変わらず続けてきました。中にはいまだに企業を資本家と呼び、江戸時代の越後屋宜しく、敵視するような言動をする政治家や評論家がテレビで金切り声を挙げています。
そりゃ、企業だって馬鹿じゃない訳で、そんなに言うのなら、もっと商売のやり易い場所に逃げ出そうとするでしょう。社会保障のほとんどの責任を企業に押し付け、そのあげく文句言われるのなら、子供たちが去って街の未来が失われたように、雇用基盤を持って海外に逃げ出すのも不思議ではありません。
去年から叫ばれる就職難にしても、浮世離れした「自分探し」だの「自分のやりたい事を見つけよう」だのとくだらない職業教育と称したピーターパン製造カリキュラムを公教育挙げてやってきた結果のように思うのです。
企業も生き残るためには、必要な人材を目を凝らして探していますが、必要でない人間を無駄に抱えてはいたくないのです。そのお眼鏡にかなう事ができないのなら当然その会社の一員になる事はできないのです。 その事をすっ飛ばして企業非難を続けても何も解決しないし、もちろん経済の発展もありえません。
笛吹き男に子供たちを返してもらうことは容易ではありません。しかし、経済合理性の結果として企業が判断したのだとしたら、雇用も経済合理性によってしか戻ってはこないでしょう。
それは、私たちがやはり今に甘んじる事なく、成長を望み、怠惰を嫌い、対価としての富だけを願う…

謹賀新年

新年、あけましておめでとうございます。
無事(?)2010年が幕をとじ、2011年が始まりました。 昨年は、尖閣諸島や円高問題のような、日本を取り巻く周辺環境が激しく動き、「世界の中の日本」を改めて意識させられた一年だったように思います。従来からいわれている少子高齢化もさることながら、国内需要の冷え込み、長期デフレの継続、そして若年層の就職難など、国内の希望が見いだせないといった意見が聞こえてきました。
かたや、昨年は大河ドラマや司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」ドラマ化によって、幕末維新から明治にいたる激動の時代に注目が集まった事も事実です。
黒船の到来によって、300年近く続いた鎖国が終わり、世の中が一変したとよくいわれますが、実際には旧態依然の社会がすぐに変わるはずも無く、地下のマグマがたまるように徐々に社会が変化し、そのエネルギーが爆発するまでしばらくの時間を要した事は確かです。
確かに現在の経済環境は明るいものではないかもしれませんが、辛く厳しい環境に置かれる事こそがもしかしたら、次への大きな飛躍の原動力になるのかもしれ無いと思うのです。
今のままでいいと人類が思えば進化が止まります。 幸福や安定への渇望が、私たちのエネルギーとなり、進化へのチャレンジへとつながるのだと思います。
セブンエージェントは今年もやはり様々な事にチャレンジし、大志を持ち続ける事をお約束します。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
セブンエージェント代表取締役社長 藤本哲哉 謹白