バランスということ

仕事に限らず、年を重ねるにつれ「バランス」というものが求められることは周知の通りです。

仕事とプライベートの「バランス」
自分の想いと、周囲の想いとの「バランス」
やさしさと厳しさの「バランス」

つまり、幼い頃の未熟な自分は、やはり自分のことで精一杯で、そしてまた、失敗も許されたり大目に見てもらったりする余裕もあり、ある程度の「利己」を基本としても成立する生活だったんでしょうね。
つまり、責任が自分自身で完結していたとも言えるのかもしれません。

しかし、社会に出て自分以外の人間との関わりが広がり、自分の行動によって影響を受けてしまう人や事が増えれば増えるほど、それではうまくいかなくなっていきます。

それだけ、高度な結果を求められるとも言えます。

起業して約10年。30代の頃はひたすら自分のスキルと仕事の完成度だけを追い求めても、それなりの結果を出せていたように思います。
しかし、会社を代表する立場になって、その成果に他者からの納得と安定した継続性を必然的に求められるのは当たり前の事で、それまでとの違いに戸惑いながら過ごしてきたように思います。

たとえば、「お客さんに喜んでもらう」ということ。

それまでは、今目の前にある仕事をいかに完璧に仕上げるか?自分の実力を認めてもらえるかということが直接の動機でした。もちろん、口では「お客さんのために」という事は言うのだけれども、すごく単眼的である意味価値観の押し付けと言ってもいいようなものだったと思います。

なぜ、そうだったのか?

自分が人間的に成長したとか、そういうことでもなく、「相手の幸せ」という事に対する想像力が乏しかった、むしろそういうところに起因する事だったように思います。

騙したり、自分だけ得をしてやろうとか、そういう不道徳が原因なのではないからこそ、本人にはやましい気持ちもなく、そしてまた目上の人からのアドバイスもしっかりと腹には落ちてなかったんだと思います。

でも。

でもなんです。

でも、やっぱり正直な気持ちは、100%他人のために生きるような善人でもない。じぶんの理屈ではない感情というか欲望というか、心が「飛び跳ねる」ものがないと、やっぱり自分自身が続かない。

いま、うちの会社は平均年齢がぐっと下がり、20代のメンバーがいろいろと頑張ってくれています。彼らは、もちろん技術的にも社会的にも未熟な点が多々あります。会社に貢献したい、お客さんにも認めてもらいたい、成長した実感をつかみたい、ともがいているようにも見えます。

そんな彼らに、いま私が言えるのは「バランス」を気にしたり、完璧である事ばかりを気にするのではなく、

荒削りでもいいから勇気を持ってチャレンジしなさい。

ということなんですよね。きっと、しっかりとその勇気を持ち続ければ「バランス」はあとからでもついてくるよ、と。

たとえ失敗をしても、今ならまだ許される。

その失敗は、会社のチームの中にいるからこそ、誰かがフォローしてくれる。

とんでもない失敗にはならないように私を始め、みんながついていてくれる。

そして、ありがたいと思えるサポートをしてもらったら、いつかどんな形でも恩返しをしたらええやんかと。

そんな風に、仕事を楽しむ「バランス」を身につけてくれたら最高です。

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